「秒速5センチメートル」(新海誠 監督)

 

秒速5センチメートル

「ねえ、秒速5センチなんだって」
「え、何?」
「桜の花の落ちるスピード。秒速5センチメートル

ほしのこえ』『雲のむこう、約束の場所』で知られる新海誠監督の最新作。ある少年を中心にして描かれる3本の短編作品集。

小学生の時に親しかった少女との再開を描く第1話「桜花抄」
高校時代の少年を別の視点から描く第2話「コスモナウト」
そして社会人になった「彼」と「彼女」を描く表題作第3話「秒速5センチメートル

どれほどの速さで生きれば、きみにまた会えるのか━━。

この作品は一言で言うと一大映像叙情詩です。前作「ほしのこえ」「雲のむこう~」と違ってSF要素は皆無、ストーリー性やメッセージ性が強いわけでもなく、描かれるのは現代のありがちな日常。ただ、新海監督ですから映像が美しいというレベルではありません。公式サイトの予告編でも見られますが、あれは美味しいシーンだけを繋ぎ合わせたものではなく全編あんな感じです。背景の1枚1枚が溜息が出そうなほど美麗なのに、2~3秒後には別のカットになっているという贅沢さ。できればスロー再生やコマ送りでじっくり鑑賞したいところです。構図や光の表現が本当に素晴らしく、駅構内とか電車の中など普段見慣れてるはずの風景でさえとんでもなく美しい。この人の目には世界がこんなにも輝いて見えるのか…とそれだけで感動します。そして、前作に増して詩的な天門氏の音楽が映像をより一層引き立てています。

我々の日常には波瀾に満ちたドラマも劇的な変節も突然の天啓もほとんどありませんが、それでも結局のところ、世界は生き続けるに足る滋味や美しさをそこここに湛えています。現実のそういう側面をフィルムの中に切り取り、観終わった後に見慣れた風景がいつもより輝いて見えてくるような、そんな日常によりそった作品を目指しています。 Other voices - 新作・連作短編集より

その美しい映像の中で描かれるのは「心の距離」や「時間」、人々が生きる速度。一言で言うと切なさでしょうか。「切ない想い」を詩や歌で表現することもできますが、それを超ハイクオリティな映像で表現したのが本作だと思います。詩を映像化したとでも言いますか、映像叙情詩という言葉がこれほど似合う作品もなかなかありません。

映画には明確な結論が必要かもしれませんが、人生には明確な結論なんてない。(中略)どうしようもなく気持ちが届かない時も、俯瞰で引いて見れば、人は美しい風景に包まれていて、大きな世界と繋がっている。 (新海監督:パンフレットより)

何を感じるかは人それぞれですが、例え切なくても「それでも世界は美しく、生きるに値するものだ」という解釈もあると思います。しかし本当に美しいのは世界よりも、どんな時もひたむきに生きてきた「彼」や「彼女」の姿ではないでしょうか。振り返ってみればどの瞬間も彼らは輝いていたと思います。どんな状況に置かれていたとしても、俯瞰して見れば一人一人は夜空に輝く星や、舞い散る桜の花びらのように美しいものかもしれない…。これが、この作品を観終わって感じた「感動」とも「泣ける」という感情とも違う、静かで深い衝撃の正体かもしれません。 明確な主題や物語があるわけではなく、雰囲気重視の作品なので万人向けとは言えませんが、公式サイトの画像や映像を見て何か感じるものがある人はぜひ見て頂ければと思います。 とりあえず今はDVDとサントラが激しく欲しい!! いつ発売されるのでしょうか…。

関連